Phase2A-1 蛇と犬の行進曲
開幕
一人も倒れることなく第14隊+女史を退けた海鳴たち。
去っていく彼らを見送った後、
自由行動でひとりになった海鳴は息を吐きつぶやいた。
「ま、こんなもんか」
刀身の砕け散った刀の柄を放り投げる。
落ちた柄は黒く溶け、地面に吸い込まれるように消えていく。
「ナルさーん終わりましたぁ?」
木立の間を駆け寄る一子。手を振りながら海鳴に近寄っていく。
「終わってなけりゃ近寄ってこねえだろうが、お前は」
「てへへ、まあそうなんですけど。その辺はわきまえてますので、ええ」
一子はいつも戦闘のときは視界に入らないところでゴソゴソしている。
危険もないので海鳴は放置しているし、一子のほうも荒事に乱入して海鳴の邪魔をするのは本意ではないので、
意識して近寄らないようにしている。
「調子のほうはいかがです?」
「6割ってとこか、キレが悪い、膂力はさておいても反応くらいは本来のペースに戻しておきたい」
一子と話しながら海鳴は軽い整理運動で体をほぐす。
「例の尋ね人…じゃなくてモノでしたっけ?」
「好きなほうでいいだろ、とりあえず自分で動いて人の形はしてる」
「じゃあとりあえず人で。やっぱり戦うことになると考えてます?」
どうでもいい話だが、海鳴的にはその辺りがグレーゾーンな者たちも、人類も大差はない。
一子的には人型をしていて自分で考えるなら人間ということでいいのでは、
ということでかみ合ってはいないが結論は同じだったりする。
「どうなるかはわかんねえけどな。こういうのは大概手間の多いほうに転ぶんだ、これが」
「言えてますね…」
世の真理である。
「ところでその人は弱体化したりはしていないんですか?」
「それを説明するにゃあ、お前が自分の力を測れる程度に習熟している必要があるわけだが」
「あー、すいません、凡俗なもので」
伸び代はある、と色々な人物に言われていたが、一向に成長する様子などはなかった。
一子自身ばりばり戦ってるような自分が想像できない、というのも鍛錬に身の入らない原因の一つだ。
「まあ、俺の見立てじゃあ、直接島の事柄に関連しないなら元の性能はまでは担保されそうだな」
「ということはアタシに戦闘能力があったなら、本当にナルさんを押し倒すこともできたとっ!?」
愕然としながらまくし立てる。
「可能だったかもしらねえが、だだ漏れにすんなよそういうセリフは」
「あうち!」
後頭部に鋭いツッコミ、今日はややソフトだったのでそれほどオーバーなリアクションにはならず。
「毎度毎度頭に攻撃を加えますが、脳細胞死にまくってますよきっと、馬鹿になったら責任とってくださいね!」
低いダメージで余裕があったので笑顔で減らず口を叩く一子。
それをまた見下す笑顔で返す海鳴。
「それ以上駄目脳にはならんだろうよ、あといいのか、頭蓋骨は骨の中で一番頑丈なんだぞ」
「なんですかその、他の部位に変えたらヤバい目に合いそうな気になるマメ知識!?」
思わず体を抱きしめて竦み上がる。
「馬鹿に知識を提供してやったまでだ馬鹿、おどけるのはいいがそっちは進展ねえのかよ」
「そう言われましても、メイド服、髪が青い、メカ?ロボ?な人って情報だけじゃあ」
お手上げです、と両手を上げてから肩をすくめる一子。
「犬は犬らしく鼻を利かせろ、霊素とマナのにおいを嗅ぎわけろ」
海鳴は身長差を活かして鼻をつまみ上げる。
「んうー、物理的な香り以外には無力ですよう」
「潜在的なスペックの見立てから言って、素養自体はあるはずだ」
「訓練が足りないってことなんえすかねえ」
鼻をつままれたままなすがままになっている一子に飽きて開放する。
頭をかきつつ小考。
「お前の場合はむしろ…」
「あーーーーー!!」
海鳴が話を切り出そうとしたとほぼ同時、一子が眼を丸くして大声を上げる。
「なんだ、いきなり」
「いました!」
海鳴の背後を指差して言う。それだけで状況を察した海鳴は言葉なく振り返り、
中空から刀を引き抜き周囲の気配を探る。
「どこへいった?」
「木陰に入ったはずなんですけど…」
一子の前に立ち、彼女の指摘する場所へ向かう。
姿は見当たらない、気配も感じられない。
「糞が、一方的に監視された上に完璧に逃げおおせたってわけか」
忌々しげに舌打ちをする海鳴。
驚いた顔をしてそれを見つめる一子。
「なんだ、呆けた顔して」
「え、あ、いや、あっさり信じてくれるんだなーと」
てっきり適当な事を言うなとでも罵られるものと覚悟していた一子は、
お咎めなしだったため張った気の行き場を失っていた。
「嘘なのか?」
「いえ、嘘じゃあないですけど」
「気づかれてないと思っていたようだが。
お前が近場にいる冒険者のリスト作ってチェックしてるのは知ってた」
「なっ…」
一子は戦闘中、休憩中、夜な夜な皆寝静まった時、
一人こっそり抜け出して役に立ちそうな情報を集めていた。冒険者リストもその一つ。
なにか特ダネを入手したら海鳴に突き付けて、できる女っぷりをアピールしようと考えていた。
それがバレバレだったという。あまりの事態に羞恥に顔が真っ赤に染まる。
「それを踏まえて、特徴に当てはまる、見ず知らずの人間を見かけたと言っている。
調査漏れの可能性もあるだろうが、今近場にゃあ大した数の冒険者はいねえ」
「……」
「さらに重ねるなら、お前の能力はイヌ科の動物のそれだ。
対象は逃げた、そして俺はお前の動体を視認する力の高さを俺は知ってるわけだ」
一子は驚いていた。
まったく自分に興味を持っていないと思ってた海鳴が自分の行動を把握していたのもそうだが、
なにより自分の能力をちゃんとそれなりの形で評価していることに驚いていた。
「だいたい、このタイミングで嘘をつく意味がねえだろうが、馬…鹿…」
少しでも痕跡がないかと周囲に気を張り、顔も見ずに一席打っていた海鳴が一子に視線を戻すと、
滝のようにボロボロと涙を流す少女がそこにいた。
「なに泣いてんだ、お前」
「あ、あれ、え、なんで?」
自分でも気づいていなかったようで一子はぐしぐしと顔を拭う。
その様を見て海鳴は拍子抜けして、索敵のために広げていた感覚を閉じる。
涙が収まるまで数分の時を要した。
「うう、ぐす、止まりました。大丈夫です。きっと普段ボッコボコにされてるのに優しくされたから嬉し涙で…」
「別に優しくはしてねえけどな」
涙が止まる頃にはすっかり海鳴はくつろぎモードに入っていた。
腕を組み、木の幹によりかかっている。
調子を取り戻した一子の減らず口もしれっと流す。
「鼻が使い物になるんなら泣こうが喚こうが好きにすりゃいい。
それで、俺は見なかったがいたのは確実、となれば痕跡は?」
体を起こした海鳴は一子を指差して尋ねる。
一子は即座に反応し、膝立ちになり鼻を引くつかせる。
「微かですけど、ナルさんによく似た捕らえどころがない感じのにおいがします。
もっと金属のにおいとか油のにおいとかすればわかりやすかったんですけど」
よくにおいを嗅ぐために地面に手を突いて四つんばいになる。
眉間にしわを寄せ渋い顔をする一子。
「追えるか?」
「難しいです、特徴がなさすぎて、そもそも嗅ぎ分けるには体臭みたいに個性がないと」
「そうか、まあしゃあねえな」
意外にあっさりと諦める海鳴。
その言葉を受けて立ち上った一子は、膝や手についた泥を払う。
「いんですか?」
「自分から顔を出しにきたんだ、こっちが気にはなってはいるんだろうさ」
言って海鳴はにやりと笑う。
「ついでに言うなら逃げ出したってこたぁ、友好的に思われてる可能性は低いな」
「そこは喜ぶところじゃないと思うんですけど」
海鳴とは裏腹に一子は不安そうな表情をしていた。
「まあ、万が一でもお前が戦うわけじゃねえんだから気にすんなって、前も言ったぞ」
意外なところからフォローが入る。てっきり放ったらかしにされるとばかり一子は思っていた。
「……気を使ってくれてるんですか?」
海鳴は一子の言葉に肩をすくめて言う。
「ま、今日くらいはな、進展もあったことだ…」
「デレきたあああああああああああ!!!」
その後、いつものように調子に乗ってしめられたという。
閉幕
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作中ルビ注釈(*1:ビスクドール)
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